家主さん Q&A

 令和2年4月1日施行の民法改正で、賃貸借の実務はどのように変わったか。
       Q&A。

今回の改正は、賃貸借契約に及ぼす影響は限定的と解説するむきもありますが、典型的な賃貸借の規定(601条以下)以外にも、賃貸借に適用される他の民法上の条文も多くが改正されるなどしています(例465条の2以下)。
このように実務に与える影響も大きく、本Q&Aは、その内容を平易に解説することを目的に作成したものです。

Q1 すでに締結されている賃貸借契約ですが、今回の民法改正で影響がありますか。

A1 今回の改正は、原則として2020年4月1日から施行され、施行日前に締結されている賃貸借契約には基本的に影響がありません  。
改正法附則21条に保証債務に関する経過措置の条項が、施行日前に保証意思の確認手続きを利用できると規定しておりますが、任意の規定ですので既存の賃貸借契約が、大きく影響を受けることはないと考えられています。
ただ既存の賃貸借契約がいわゆる「自動更新」された場合、更新後の賃貸借契約は、従前契約が適用になると考えられていますが、上記施行日以後に再契約あるいは当事者の合意で更新がなされた場合は、改正後の規定が適用されると考えられています。再契約書を締結する場合は注意が必要です。
今回の改正が借地借家法の規定の解釈に影響があるかどうかですが、今回の改正は基本ルールともいうべき民法改正に力点があり、借地借家法の解釈に影響はないと考えられています。

Q2 今回の改正では、賃貸借契約上の保証制度が大きく変わったと言われていますが、どのような点に注意が必要ですか。

A2 不動産の賃貸借契約では、通常保証人をつけていますが、その保証の範囲が決まっていなかったですね。そのような保証を一般に根保証と呼んでいますが、改正以前から貸金債務などの保証の場合は極度額を定めなければいけないと規制されていました(改正前465条の2)。
今回の改正で、賃貸借契約における賃借人の債務についての保証にも規制が及ぶことになりました。
確かに予想外に賃借人が賃料の支払いを怠っていて、保証人の保証債務が増大していたということはよくありますね。契約締結時には親密だった賃借人と保証人との関係もその後疎遠になっていたということもよくあります。
このようなことから保証人の責任の範囲を予測できるようその限度をあらかじめ決めておきましょうというのが改正の眼目です。
① 契約締結時の情報提供義務
この義務が課せられるのは、主債務者である賃借人です。
また賃貸借契約が事業目的で締結された場合に課せられる義務です(改正法465条の10)。
事業性ですが、事業用の不動産の賃貸借については、「事業のため」に賃料等の債務を負担する場合に該当します。

情報提供の範囲は、以下のとおりです。
イ 財産及び収支の状況
ロ 主たる債務以外に負担している債務の有無ならびにその額および履行状況
ハ 主たる債務の担保として他に提供し、又は提供しようとするものがあるときは、その旨およびその内容

注意しなければならないのは、この賃借人の情報提供が不十分であって、賃貸人がそのことを知りえたか、知っていたときは、保証人から当該保証契約を取り消すことが出来ます(改正465条の10、2項)。
このような争いを避けるためには、賃貸人側であらかじめ情報提供の内容を記した定型文書を用意し、賃借人と併せて保証人に確認を求めることが必要かも知れません。

➁ 極度額の定め
少し長くなりますが、改正法465条の2 第1項、2項は「根保証契約であって保証人が法人でないものの保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度としてその履行をする責任を負う」とし、併せてこの極度額を定めなければ、個人根保証契約が効力を生じないとしています。
そのため「極度額を〇〇円として保証する」と賃貸契約書上定めることが必要ですが、「月額賃料の〇〇か月分」という形式で極度額を定めることも可能です。
極度額の額は、当該契約の個別事情に応じて当事者間で合意すれば特に制限はありませんが、一般的には、賃貸借契約上賃借人において不履行があった場合、賃貸人に生ずる損害をカバーする範囲の額で極度額で定められると考えられます。
国土交通省のホームページで公表されている「極度額に関する参考資料」では、過去の建物賃貸借をめぐる紛争事案を整理し、どの程度の紛争が解決までの期間、損害としてどのような事情が発生したかなどを公表していますので、それらを参考にして決めることも可能です。

Q3 複数の連帯保証人
複数の連帯保証人を定めた場合、それぞれにつき極度額を限度の保証債務の履行を求めることが出来るかという問題が実務上は出てきます。
つまり甲、乙2名の連帯保証人を定め、極度額を500万円とした場合、賃貸人は、甲、乙に500万円ずつ計1000万円の限度で保証債務の履行を求めることが出来るか。
それとも、総額500万円の限度でしか、履行を求められないのかという問題です。

A3 制度の建て付けとして、根保証の責任の範囲が拡がり過ぎる のを抑えたいという立法趣旨からすると後者の考え方もあるでしょうが、複数連帯保証人を定めた場合にその保証範囲の総額を極度額に限定する規定は置かれていません。
そうすると従前の規定から判断していくことになります。
改正前427条(分割債務)は、「数人の債権又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は各債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し又は義務を負う。」 改正前456条(数人の保証人が有る場合の分別の利益)
「数人の保証人が有る場合、それらの保証人が各別の行為により、債務を負担したときであっても427条の規定を適用する。」
このように、427条の反面解釈および大判大6・4・28「連帯保証人は、保証人間で連帯の特約がない場合でも分別の利益を有しない」としています。
分別の利益というのは、Q3の例でいくと、極度額である500万円の範囲で250万円ずつ払うということですが、連帯保証人には分別の利益がなく、改正法中に、複数連帯保証人の責任の範囲を限定する規定が新設されていないので、 本件Aについては、連帯保証人1人ずつに極度額500万円ずつ合わせて1000万円の履行を求めることが出来るとの結論になります。
もっとも実損害が1000万円で生じていないと請求ができないことはもちろんです。
この結論から常に複数の連帯保証人を求めることが出来るか、経営政策的に「良」かどうかは、別問題です。

Q4 敷金の取り扱いが変わりましたか。

A4 改正前には、民法上敷金に関する規定は存在しませんでした。
しかし賃貸借契約終了後の敷金の返還時期等重要な論点については、それぞれ最高裁の判断が示されていました。
今次の改正では、622条上の2で、敷金の定義規定、敷金の返還時期等が規定されましたが、その内容はこれまでの判例の内容を踏襲するもので、その意味で不動産賃貸借上、敷金の取り扱いを変更する必要はないと考えられています。
例えば敷金の返還時期ですが、賃借物件を完全に明け渡して、明け渡し確認後〇日以内に敷金を返還するという取り決めは有効です。
なお賃借人から、これまでも敷金を債務の弁済に充当したいとの申し出が見受けられますが、今回の改正では、622条の2、2項で、このような請求が認められないことが明記されました。

Q5 敷引き特約の有効性
関西では、賃貸借契約終了時に敷金の一定額を返還しない特約が付されることがあります。
これは賃借物件の「損耗」に対する修繕費用、賃料を低額にして明け渡し時にこれを補充するための手当、礼金などの性格があると説明されていますが、改正後の621条は、「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く)がある場合において賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときはこの限りでない。」としています。
そこでこの規定と異なり、賃借人が通常摩耗や経年変化について原状回復義務を負う旨の特約を締結することが出来るかが問題になります。
A5
この点については2通りに分けて考えてみましょう。
① 本改正が施行されるまえに締結された賃貸借契約
改正前の最高裁判決(最判平成23年3月24日)は、次のように判示しています。「敷引き特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するもであると直ちにいうことはできない。もっとも消費者契約である賃貸借契約においては、賃借人は通常、自らが賃借物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額については十分な情報を有していないうえ、賃貸人とのの交渉によって敷引き特約を排除することも困難であることからすると、敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には、賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に、賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたものと見るべき場合が多いといえる。

そうすると消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引き特約は、当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引き金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって消費者契約法10条により無効となる」としつつ、当該事案では、賃料の3.5倍程度の敷引額は高額に過ぎるとは言い難いと判示しています。
ということから消費者契約(個人と事業者との契約)の場合、消費者契約法の適用がある場合でも、必ずしも無効とは判断されないというのが判例の立場で、このことは今回の改正法のもとでも同様の解釈がなされると考えられています。
個別事案で、上記判例の基準で判断されるということになります。

② 次に改正法が施行された中で、賃貸借契約が締結されようとする場合通常損耗や経年変化について賃借人が原状回復義務を負うような特約を付すことが出来るかという問題です。
改正621条は、任意規定と言われています。つまりこの内容と異なる内容の合意、通常損耗や経年変化について賃借人が原状回復義務を負うという特約を付しても、直ちに公序良俗に違反して無効ということにはなりません。
これまでの判例で、通常損耗や経年変化の原状回復義務を課すことが否定された理由は、賃借人に予期せぬ特別の負担を課すことになるからです。逆に言うと契約書中に通常損耗や経年変化に関する原状回復の範囲が具体的に記載され、それについて説明がなされ合意された事実が認められれば、その特約は有効と解されます。
国土交通省の原状回復に関するガイドライン(平成23年8月)では、① 特約の必要性がありかつ暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること➁ 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を負うことについて認識していること③ 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていることという要件を満たしていなければ、特約の効力が争われるとしていますが、前記判例と同じような基準が示されていると考えらえます。
なお当該賃貸借契約が、消費者契約に該当する場合は、同法10条により特約が無効と解した判例もあります。注意が必要です。
この点については、別Q&Aで解説します。

Q6 コロナ禍と賃料減額請求権
今回のコロナ禍では、感染拡大の中で、飲食店等で営業自粛要請がなされ、事実上営業が停止されたりし、それに伴い、賃借人から賃貸人に対し「店舗が使用できない」ことなどを理由に賃料の減額の要請や請求が起こっています。
このことは改正法の問題ではなく、新たな立法による手当てがなされる場面と思われますが、現行法の中でどのように考えられるかを検討してみましょう。

A6 改正前の611条は、「賃借物の一部が滅失したときは、賃借人はその滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額請求をすることが出来る」と規定していました。
改正611条では、賃料が減額される場合を賃借物の一部が滅失された場合に限らず、「・・滅失その他の事由により使用及び収益をすることが出来なくなった場合」とし、さらに請求して初めて減額されるのではなく「当然に減額される」と改正されました。
賃料は、目的物を使用収益することが出来ることの対価ですので、使用収益が出来ない以上は当然に賃料が減額されるのが合理的と考えられたのです(一問一答民法改正 筒井健夫 村松秀樹編著322頁)。
さて本条文で今回のコロナ禍と休業要請と事実上の営業停止の事態をもって使用及び収益をすることが出来なくなった場合として当然に賃料の減額請求ができるのでしょうか。
本条文は、滅失およびそれに準ずる事態を前提しており、現状では社会的な意味では使用が困難と思われますが、物理的な意味で使用不可とは解されません。使用が困難な事態も、現状ではどの程度継続するかは不透明です。
そのため本規定をもって、今回のコロナ禍の中で、一律に賃貸人減額請求の根拠とするのは本条文が本来予定している立法趣旨を超えるものであり、新たな立法で対応すべき課題と考えています。
なお借地借家法32条1項は、「建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当になったとき」において、賃借人が賃料の減額を求めることができることを規定しています。
本規定も賃料減額請求は、将来に向かって一定期間継続することを前提に賃料を変動させるものですが、現状臨時休業などの事情は、あくまで一時的なものであり(現状の希望的観測を含め)、本規定を根拠に賃料の減額請求を認めるのは難しいと考えています。

なお国土交通省のHPでは、今回の民法改正の施行に向けて、改正条項を反映した「賃貸住宅標準契約書」を公開しその活用を促しています。
参考までに添付しますので、ご利用ください。